2009年度の1年間シンガポールにいたために、2年ぶりに日本の年の瀬を経験した。新たに気付いたのは、シンガポールのクリスマスシーズンに嫌というほど見た青色や白色のLEDによるライトアップが、日本でも各地にすっかり普及していたことだ。LEDを製造しているのは日本なのだから当たり前なのかもしれないが、寒い気候の下で青や白がメインの飾り付けを見ると、成熟した国の哀愁といったものをより強く感じてしまう。
それに対して今頃シンガポールでは、白や青に替わって、今度は暖色系の光と飾りとが街を埋め尽くしていることだろう。暑さも本番の2月(太陽が頭上に来た12月下旬の2ヵ月後なので、日本では8月にあたる)に行われる、年間でも最大のお祭り、中国暦の旧正月のシーズンが近づいている。赤と金の極彩色が暑苦しさをさらに増幅するわけだが、誰も意に介する風はない。
通年にわたり人が繰り出すシンガポールの街頭だが、クリスマスを上回る人出の多さを記録するのがこの時期だ。人口規模では名古屋都市圏と同程度の国なのに、繁華街や主要商業施設は東京でも久しく見ないような大賑わいとなる。
ただ街路・通路は混雑しているが、売り場はそうでもない感じがするだろう。実際、当地の商業関係者からは「不景気が去っても売上は落ち込んだまま」というぼやきを聞く。そう、この雰囲気は、実はバブルは終わっていたのだが人も企業もまだ夢から醒めずにいた、90年代初頭の日本にどこか似ている。
日本と15~20年遅れでそっくりの人口構造
その通り。今のシンガポールは正にバブル崩壊の頃の日本と同じなのだ。景況のことではない。当地の数字上の景気は、中国やインドの発展の波に乗って急回復したし、今後とも成長軌道は続くだろう。そっくりなのは人口の構造だ。
もちろん当地の街頭では、まだ日本ほど高齢者を見かけない。下図①に明らかなように、シンガポールの人口構造は日本に比べてまだまだ若いからだ。2010年の15~64歳:65歳以上は100:14と、日本の100:36に比べればまったく高齢化していない。そのためか、駅やショッピングセンターのエスカレータは日本の2倍くらいのスピードだし、歩行者用信号の青の時間は日本の半分もない。
だが日本とて少し前までは、そう高齢化はしていなかった。たとえばバブル崩壊が一般の目にも明らかになって来た95年頃は、45~49年生まれの日本で一番数の多い世代(団塊世代ほか)が、45歳を越えたばかりの時期だった。そして今年シンガポールでは、当地で一番数の多い60~64年生まれが45歳を越え終わる。タイミングがちょうど15年ずれていることに注目されたい。
そこからさらに5年遡った90年は、日本のバブル最盛期でありかつ景気低迷が始まった年だが、その頃の日本の人口構造は、今のシンガポールの人口構造と、上記とは別の2点で酷似している。図②のとおり、まだ少なかった高齢者、10代後半を中心に多かった若者、そのあたりの比率が怖いほど共通なのだ。中年が多いことと子供が日本以上に少ないこと、その2点だけが違う。
なにぶんシンガポールの合計特殊出生率は1.28と、日本の1.37を下回る。今の40代後半人口:0代前半人口は100:47。90年の日本では100:57だったので、今のシンガポールの方が子供の減少は深刻だ。
その結果として20年後には、シンガポールでも新成人は半減していることになる。図③は引き続き旺盛に外国人を受け入れるという前提で算定された国連の予測だが(子供の減少にもかかわらず、向こう20年間に総人口はさらに1割増加と見込まれている)、この通り2030年の人口構造は基本的に日本の今と酷似することが予想されている。細かく言えば、高齢者がやや多めで若者は少なめだから、15~64歳:65歳以上は100:46と、2010年の日本の100:36を上回ってしまう。
このような人口構造の成熟化は内需に影響を与える。実際に90年代半ばの日本では、それまで旺盛に消費をしてきた団塊世代が、バブル前後に買った住宅のローンと子供の大学進学の負担を抱え、退職後も見据えて財布の紐を締め始めた。後に続く世代の消費は、人口が少ない分団塊分の落ち込みを補えず、日本の小売販売額は96年度をピークに下り坂に転じた。バブル崩壊の始まった90年度がピークではなかったし、逆に02~07年の輸出主導の「戦後最長の好景気」の際にも反転増加はなかった。このあたりは生産力がまだ人力に依存していた産業革命初頭にアダムスミスが構築した近代経済学の常識には反する事実だが(近代経済学では、人口の減少は消費ではなく生産を減退させる要因とされる)、日本では人口減少が生産ではなく消費を減らしている、というのは諸統計に照らせば自明である。細かい論証にご興味の向きは、拙著「デフレの正体」(角川Oneテーマ21)をお読みいただければ幸甚だ。
片やシンガポールはと言えば、旺盛に消費する外国人富裕層の来住を奨励し、加えて人口の2倍以上の外国人旅行客を毎年受け入れているため、住民の加齢が消費に与えるマイナスは随分緩和されている。それでも「そろそろモノの内需は飽和した」というのは商業に従事している大方の共通認識ではないだろうか。そしてその傾向は、生産年齢人口(15~64歳)が減少に転じる2020年頃からさらに明確になってくるだろう。
高齢者の絶対数の激増に制度は追いつけるか?
さらに深刻なのが、高齢者の激増の影響だ。シンガポールの高齢者の絶対数は、今後20年間に50万人から150万人へと、3倍にも増加する。日本も過去に経験したことのない、驚異的なスピードだ。ちなみに、引き続いて高齢者の激増を経験する韓国や中国でも、日本が経験した以上のペースが予測されている。島国・日本は何でもマイルドであり、大陸国家はドラスティックさの度合いもまた強烈なのだ。
だが当地政府はさすがに優秀といえるだろう。建国の父リー・クアン・ユー顧問相(前々首相)は、演説で「ザ・シルバー・ツナミ」という表現を用い、国民の意識を喚起している(ツナミは津波のこと)。約一年前の筆者滞在中、当地の日本企業の集まりに登壇した際にも、デフレ対策だの経済成長戦略だのマクロ経済学用語はついぞ口にせず、「日本経済の問題は人口減少に尽きる」という趣旨の話をしていた。
このように来たる高齢化の問題を早くから認識していたシンガポールでは、年金制度も日本のような賦課方式(現役世代より徴収した年金を高齢世代に回す方式)を取っていない。国民の大多数が政府の公団から分割払いで購入する分譲集合住宅の、毎月の代金支払いが年金として積み立てられ、退職後には公団が住宅を少しずつ買い戻すことで年金相応の現金が加入者に戻る、という積立方式をとっている。これだと住宅の時価が年金として戻るので、インフレなどがあっても額は目減りしないし、国が住宅を買い戻すので、住人が退去した(亡くなった)後には若い世代への転売が行われ空き室が生じない。子供世代は親から家を相続できないが、自分も分割払いで公団住宅を購入すればいい。
と思ったのだが、事態はそう単純でもないようだ。当地滞在も終わりに近づいた2010年の1~3月、筆者はシンガポール国立大学の「リー・クアン・ユー公共政策大学院」の公開講座を3回シリーズで受け持ち、日本とアジアの人口成熟について、世界中から集まった学生や研究者と議論した。賦課方式を取った日本の年金支払いが75歳以上人口に連動して過去15年間に2倍に増加していることを示し、上記の通りシンガポールの制度の先見の明を賞賛したのだが、あにはからんや聴衆の多くからは、日本式への賞賛とシンガポール式への疑問が聞かれた。近年になって急速に豊かになったシンガポールでは、近い将来に高齢者となる層の多くが若者に比べてじゅうぶんな貯蓄をできないままにとどまる見通しであり、そのために老後に生活資金不足に陥る懸念があるというのだ。「日本の制度は、高齢者に対する尊敬に満ちた道徳的に正しいものであって、シンガポールや年金制度が未整備の中国はこれを見習うべきだ」と真顔で論ずる中国の女子学生には、多様な見方があることを教えられた。
とはいえ日本でも年間10兆円を超える真水投入なしでは支えられなくなっている賦課方式の年金制度を、シンガポールで導入できるとは思えない。かといって国民の1割にすぎない50万人から、3割近い150万人へと増える高齢者をないがしろにしていては、政治的な不安定を招くことも懸念される。あちら立てればこちら立たずの状況が、建国以来すべてを戦略的に乗り切ってきたシンガポールにおいても現出する可能性が高い。
加えて医療・介護の負担も、深刻な問題となるものと思われる。料理が脂っこいせいか当地には糖尿病患者が多いという。急速な車社会化で運動不足や肥満も増えつつある。医療の質は世界有数だが医療費も高い。歩道や地下鉄は段差だらけで、高齢者は出歩きにくい。年金代わりに自宅を国に売り戻すので、日本のように自宅を売って介護付施設に入居するのも難しい。関連財政支出の増加が、現役世代の減少による経済の停滞と同時に発生することになる懸念は大きいのだ。これまた日本の成功と失敗を分析しながら、慎重かつ大胆な舵取りが必要となるだろう。
活路を示すのは日本の地域の生きざま
前記リー・クアン・ユー公共政策大学院の講座での最終回に、かすかな希望として筆者が提示したのは、先に高齢化した日本の地域の先端的な取り組みだ。
地域医療システムの普及した長野県(15~64歳:65歳以上の比率が100:44)の医療費の低さ。山口県(同100:47)にあるデイケアセンターの画期的な運営。島根県(同100:50)の各所に吹き出し始めている新たな産業の芽。一国一市の当地にはない日本の「田舎」の地域力、多年の若者の流出と内需不振の中から生まれた新次元の活性化事例を紹介することで、これから同じ道をたどるシンガポールの人たちに、ささやかながらも展望と元気とを提供しようと試みたのだが、話は僅かながらでも通じただろうか。
前述の通り日本のライバル・韓国も、隆盛を極めつつある中国も、シンガポールと相前後して同じような、現役世代減少・高齢者激増の局面に突入する。その際に東アジアを救うのは、世界最先端の高齢化を経験している日本の田舎から得られる教訓だ。日本の地域の人々の生きざまが与える勇気だ。
明るい常夏の国より帰国して8ヶ月余り。避けたかったという思いと、避けられないという覚悟と、まだ気持ちは半々ではあるが、筆者は再び全国を駆け回る講演行脚の日々に身を投じている。年末も押し詰まった中、次年度頭まで本当に押し詰まった日程を眺めるたびに、こもごも湧いてくるのはため息と勇気だ。人口成熟に立ち向かう日本各地の最新の動きの中に身を投じられることの、誇りと興奮。これをいつの日かまた、南の島から日本の先行きを注視している人たちにも伝えに行きたい。