今号よりしばらく、昨年度一年間滞在させていただいたシンガポールでの見聞録を連載させていただきたい。
海外情報が溢れかえっている日本。だが意外に、現地に住んで初めてわかる事情というものも多い。
たとえば気候。日本では初夏の爽やかさが梅雨の蒸し暑さへと移り変わった時候であろうが、赤道直下の当地では通年、朝も昼も夜中も気温が30℃±数℃という日々が続く。だが強いて言えば最も暑さが厳しいのは6月。7月となると、ずっと北の香港やインドが40℃を超える酷暑となるのを尻目に、むしろかすかに涼しさを感じる日が多くなる。従って、当地の学校の夏期休暇は8月ではなくて6月。住民にとってはこのあたりが、旧正月休暇のある2月と並ぶ外国旅行シーズンだ。ということで、一人当たり国民所得では日本と同等以上の先進国・シンガポールから、キャッシュリッチな観光客を誘致したければ、雪の降る頃だけではなく、日本人客は余り動かない6月の魅力を売り込まねば。…といったあたりのことには、当地に赴任するまでは、筆者はまったく気付いていなかった。
あるいは街頭の風景。シンガポールというと、「ゴミを少しでも捨てれば重罰の警察国家」というような印象をお持ちになっていないだろうか。あにはからんや、当地の街頭で警察官やパトカーを見かけることは、一週間に一度あるかないか。私服で潜んでいる方がどの程度いるのかは知らないが、少なくともゴミを捨ててつかまっている人を見た経験は、赴任一年程度の筆者には一度もない。捨てられたゴミは確かに少ないが、それはそれこそ国中(街中)の至る所にゴミ箱が置かれているからだろう。すぐそこにあるゴミ箱を使わずにポイ捨てをする輩も、これは一時間に一人くらいは目にする。運転マナーも日本に比べれば無茶苦茶に近いが(それでも他の東南アジア諸国に比べればずっと上品ではあるが)、これまたネズミ捕りにやられている車を見ることはほとんどない。これなど、日本での「マジメなシンガポール」という報道がいかに先入観で固められているかという典型だ。
無理もない。日本の主要紙でも当地駐在は1~2名。NHKなど、駐在員を1人置いたのがついこの間だ(話題になった番組「沸騰都市」のシンガポールの回はその前に作成されたもので、いろいろ誇張が多い)。皆さん優秀な方々だが、東南アジア全域をカバーするのが仕事なので、多くの時間はシンガポール国外に出ている。
ということでこの連載では、テレビや新聞や本やネットを見れば分かることよりも一段掘り下げた、しかしながら「シンガポールはすごい」というありきたりの結論には終わらない、なるべくありのままの当地の実情を、現地にて感じるまま、学ぶままにご披露しようと思う。シンガポールを他山の石に、「日本ってこんなにすごかったのか」という新鮮な発見を書かせていただくこともあるかもしれない。さらには、「日本はシンガポールに比べて潜在的にはこんなに恵まれているのに、現実には何をやっているのか」というような方向に筆がすべることもあろうが、その点についてはあらかじめご容赦を願っておこう。
一人当たり国民所得で日本を抜き去りつつある「アジアのハブ」
シンガポールを訪れたことのある方は多いだろう。だがそれは何年前のことでいらっしゃるだろうか。もし数年前であれば、「今はもう随分違った感じになっていますよ」と申し上げて間違いない。ましてや筆者のように「当地赴任は、20年前に立ち寄って以来だった」というような人間にとっては、今回降り立ったのは見違えるほど華やかな都会、垢抜けずどこか寂しげだった前回とはまるで別の国だった。そして足元の一年間にも、この人口5百万人(国民330万人+外国人170万人、福岡県よりやや小さい)、面積にして東京23区と同程度の都市国家は、どんどんと様相を変えつつある。追々と、良し悪しの両面をご紹介して行こう。
だが初回なので、まずは一番基本的なところに触れねばなるまい。前述の通りシンガポールは、アジアでは日本の次に先進国水準に達した国だ。一人当たり国民所得は日本と同レベル。為替レート次第で抜きつ抜かれつだが、ここ数年の趨勢から言えば完全に抜き去る日も近いだろう。それに対して生活費は安い。当地通貨のシンガポールドルは、平均すれば1ドル=66円前後で推移しているが、住んでいるとその1.5倍の1ドル=100円くらいの価値はあるように感じる。正にその通りで、物価の違いを勘案した購買力平価ベースでは、一人当たり国民所得は日本の1.5倍と計算されている。
食料自給率はゼロに近い国なのに、3食外食でも1日千円あれば栄養万点のものをたらふくいただけるし、国民であれば高層の公団住宅を比較的安価で購入できる。四通八達したバスや地下鉄は初乗り40円台、追加料金12円程度で乗り換え可能だし、タクシーの初乗りは200円少々だ。高いのは全車輸入で高関税がかけられている自家用車(価格は日本の2~3倍)や、日本と同等のガソリンくらいか。にもかかわらず、可処分所得の多い当地の庶民は、争って車を買っている。ちなみに3分の2が日本車という印象だが、韓国車も増えている。欧州の高級車もあるが、米国車や隣国マレーシアの国民車・プロトンは、とんと見かけない。
当地のチャンギ国際空港を一歩出るだけで印象付けられるのは、何重にも植え込まれた街路樹の深い緑に埋まる、幅の広い道路網だろう。これは、国にとってのショーケースである空港周辺だけがそのように整備されているのではない。筆者は週に数日、夜遅くに10km程度のジョギングを嗜んでいて、物好きにも国の四隅までそれぞれ走ってみたが(シンガポールは島国なので、地元民は誰も注目していないが東西南北端がある)、外国人どころか住民もほとんど行かない場末の工場地帯にまでも、同じような設計の並木道が張り巡らされている。歩く人もいないので歩道はないのに、街路樹は分厚くある、という部分も多い。
ちなみにそんな深夜のジョギングをしていると、夜間無人の工場敷地に飼われている番犬に、吠えられたり道まで出て来られて追いかけられたりするのに参るのだが、犯罪者に襲われる危険を感じたことはまだ一度もない。赴任当時に聞いたところでは、殺人事件は直前の半年に6件、いずれも身内による怨嗟の犯行だとか。物陰だらけで人気もない夜半の国立植物園で、一人でジョギングしている女性とすれ違い、こっちがどぎまぎしてしまうこともしばしばだ。全世界を知っているわけではもちろんないが、日本より治安のいい唯一の国ではなかろうか。
そのような社会が、この赤道直下にいつからどのようにして成立したのか。ウラにはどういう仕掛けがあるのか。そしてこれからどうなるのか。今後の各回の中で徐々に解析するとして、今回はまず、当地の基本的な地理条件から押さえておきたい。
もともと当地は農業に向かない、水すら自給できない痩せ地の小島だ。雨は多いが、川らしい川もない。最高地点でも標高200mに満たないが、地形は起伏しており、沖積平野もない。かつて「テマセク」という名前の王子がスマトラ島からやってきて拠を据え、交易で栄えたという伝承があるが(彼の名は当地有数の国有持株会社の名前となっている)、英国人の探検家・ラッフルズ卿が1819年に当地に上陸した際には、十数人のマレー系漁民の仮住まいと、彼らが恐れて立ち入らない丘の上に城砦の遺跡があるだけだったという。その後多くの欧州人が、椰子や胡椒などさまざまな熱帯作物のプランテーション農業を試みたが、岩だらけで余りに地味が貧しいため、一つとして成功しなかったと、筆者の机の上に置かれた「シンガポール百科事典」(英文)にはある。現在でも、養鶏や養魚や庭園用の草木栽培など一部を除いて、農業らしきものはほとんど見られない。
その条件不利地域が、今では太平洋とインド洋をつなぐ海上交通の要衝として、また北半球と南半球、東洋と西洋を結節する航空ハブとして機能している。ちなみに当国のGDPの3割近くは電機や化学などの製造業が担っているのだが、その発展も(日本企業などの投資の蓄積に加えて)このような交通上の優位性なくしてはありえなかった。そもそも人口数百万人程度では、内需を梃子にした産業発展は不可能だ。周辺国と徹底的に協調し、日本など外国からの投資を最大限優遇、人流・物流・金融のハブ機能を獲得して東南アジアの経済中心地になるという、一種捨て身の開放戦略が、この国の発展を支えている。
数字を見よう。都心からタクシーで20分・千円程度、地下鉄なら100円で行けるチャンギ国際空港の年間利用者数は、人口の6倍以上の32百万人(05年後半~06年前半)。後背地人口が当地の10倍はある成田空港の国際線利用者数の1.2倍で、国際線限定でみれば世界6位だ。港湾の年間コンテナ取扱数となると、堂々の世界首位。釜山の2倍、東京+横浜の4倍近くを捌く。
製造業や物流業に加え、金融業も発展し、香港、上海、東京に対抗してアジアの中枢機能を分担している。日本のあるメガバンクの場合、東京には日本国内の、上海には中国国内の商業銀行部門の中心を置くが、韓国・中国から東南アジア、オセアニア、インドまでをカバーする投資銀行部門の中枢は、シンガポールに置いている。住民の4分の3が中華系、1割がインド系、しかも国内共通語が英語という環境を活かし、発展する中国とインドをネットワークできる人材供給があるというのが売り物だ。
日中韓台から遠く南に外れて…
おっと、初回ということもあり、シンガポールを褒めすぎてしまった。以上は事実だが、でも幾ら中国とインドを両睨みできるからといって、それだけでそんなに急速に発展できるものだろうか。
そもそも長さ数百キロのマラッカ海峡(広すぎて対岸は見えないが)の中に、同じ立地条件の都市は幾つもある。中でも大航海時代以前から貿易港として発達していたのが、現在世界遺産にも指定されている、マレーシアのマラッカだった(だからマラッカ海峡と呼ぶわけだが)。楕円形の島である当国は、東京・名古屋・大阪のような天然の湾入を擁しているわけでもない。高層ビルの屋上から見ると、無数の貨物船が沖合いに停泊しているが、これは赤道付近が基本的に無風地帯であることから可能になっているものであり(ここで発生した低気圧は南北いずれかの方向に向かって行って台風なりサイクロンなりになるのだが、赤道周辺自体には強風は吹かない)、海峡内で当地だけが停泊可能な場所である訳ではまったくない。
さらに、本当は日本にいても幾らでも調べられることなのだが、恥ずかしながら住んでみて初めて気がついたことがある。シンガポールは東アジアの主要大都市から距離的にも時間的にも、遥か遠く南に離れているということだ。
成田からソウル、上海、台北までは、それぞれ2時間半、3時間、3時間半。東京-上海の中間点に位置する福岡からだと、1時間20分、1時間半、2時間強だ。これがシンガポールからだと、各6時間強、5時間強、5時間弱かかる。つまり日本から中韓台には気軽に日帰りできるが、シンガポールからでは少々難しい。
東南アジアの人口は6億人を数えるが、中韓台に日本を加えた15億人には及ぶべくもない。中韓台ほどめざましい成長も、シンガポール以外の東南アジアでは起きていない。ここは、東アジアの経済成長のカヤの外に置かれかねない場所なのだ。
ではインドやオセアニアは近いのか。当地からインドの4大都市までは4~6時間。成田からだと8~10時間かかるとはいえ、日本と中韓台の近さに比べれば充分に遠い。シドニーへは8時間弱、ニュージーランドへは10時間弱で、成田からの10時間弱、11時間とさほど変わらない。
ついでに言えば、西欧へは12~14時間と、日本からと同じ時間距離だ。北米へは日本上空を経由して飛ぶのが最短距離なので、日本発に比べて6時間以上も余計にかかることになる。ニューヨークなどの東海岸はちょうど地球の反対側で、東西どちら回りでも24時間が必要だ。
このような不利な位置にありながら、前述のようなめざましい数字をたたき出しているのは、徹底した戦略絞込みと実行の結果というしかない。第一は、空港や港湾の使い勝手の革新。インフラ部分には国費を全面投入して低料金を実現し、運営は営利企業に委託してサービス向上と効率化を実現する。空港も港湾も、ユーザーの国籍を問わず、一律低料金での24時間サービスを行っており、自国企業への料金優遇などはない。確かにチャンギ空港には4千m滑走路が2本あり、さらにもう2本の拡張余地も確保されているが、そのような規模や24時間運用という看板だけで客が集まったわけではない。ここに乗り入れることが経済的に合理的であり、乗客にも好評である、という環境を作り出したからこそ、世界中から路線が集まったのだ。
第二は当地へのビジネスの本拠の置きやすさの改善。法人税率は2割以下で、さらに周辺国を市場とする拠点性を備えるほど、各種の優遇措置が受けられる。ビジネスマンであれば、仮に裸一貫の起業家であっても、就労ビザが比較的容易に取れる。法制度は企業の国籍を問わず公平に運用されており、賄賂要求などの腐敗はない。公務員には、仮に賄賂を提供された場合には相手を自分で逮捕する権限と義務があり、怠ると罰せられる。
第三は、後の回でも述べるが、本来住民の母語でも何でもない英語の公用語化。このことに伴う無理もあるのだが、とにかく国内ビジネス関係者であれば誰とでも英語で意思疎通できるという環境は、世界から当地への企業立地と従業員採用を、格段に容易にしている。
これらはいずれも、血税投入や、国際競争の中での自己研鑽を伴う、「自分に厳しい」戦略だ。そのような戦略を可能にしている住人の努力こそ、当地の競争力の源泉と言える。
立地条件は変えられないが、努力はしようと思えば誰でもできる。もし日本のある都市が、シンガポールの数分の1でもいいから国際的なハブ機能を持とうと考え、徹底したソフト戦略を立て、実行していたらどうなったか。立地で劣るシンガポールができたことを、東アジアの人口重心に近い位置にある彼らが多少なりとも実現できていないはずはない。
しかし、東京以下の日本の諸都市に、国際的な専門人材が集い起業する環境づくりという大戦略があるだろうか。取り組みもなければ、その前に問題意識自体も欠けているように思える。
恐るべきは条件不利を克服するシンガポールの戦略性ではなく、捨て身にならずとも食べられる日本の内需の巨大さ、東アジアの人口重心に至近という立地条件の良さなのかもしれない。